
■昭和37年 福井市生まれ
当時流行っていたのでしょうか!?
今ではめっきり聞くことが無くなった「スパルタ教育」で小学校の教師をしていた父に厳しく育てられました。(そんな父も今ではまる〜くなってしまいましたが^^)
小学校のころは勉強もスポーツも大得意。人望も厚く!?小6後期の児童会長もさせてもらいました。(前期の児童会長とは大の仲良しでバドミントンでペアを組んで学校代表として福井市の大会にも出場しました。その彼は今では東大の助教授です)
少年野球にどっぷりはまってしまい厳しい父に辞めさせられてしまうような悲しい出来事もありました。今でも一旦こうと思ったらのめり込んでしまうのは当時から変わりません。そういう気質なんでしょうね。
中学では陸上をやりました。本当は野球をやりたかったのですが、これまた厳しい父にダメ出し食らったのです。たいした選手ではなかったですが、2度ほど県大会でも3位入賞を果しました。
高校では軟式野球です。2年の時に全国大会に出場するという栄誉を得ました。軟式野球は甲子園ではなく藤井寺球場で行われ非常にマイナーで盛り上がりには欠けるのですが、「全国に出た」という誰からも見えない勲章が今でも自分の胸にくっ付いています。
なんかスポーツの話題ばっかりですね。
予備校・大学と関西で過ごしました。本当に色んなことを見聞きし、体験し有意義な時間だったです。
■昭和61年 福井放送株式会社入社
営業部に配属され目が回るような忙しい日々を過ごし、2年目から大阪支社勤務。
松下電器やハウス食品などの大手企業の宣伝部・マーケティング部に通ったり、電通 博報堂の媒体部と料金交渉や出稿シェアアップの渉外が毎日の仕事でした。
思い出深い話として… 福岡出張の際 まぁ怪しげな広告代理店(T社長 ごめんなさい)に飛び込み営業をしたのです。
飛び込み営業といっても事前に少しの情報は持っていたのですが、途中で止まりそうになるエレベーターに乗り、狭いオフィスにお邪魔したところ
社長:「○○イモのテレビショッピングやりたいんだけど放送枠出して」と依頼あり。
私 :「社長 どんな商品なんですか?」
社長:「高血圧に効くやつ・・・」
私 :「ダメですよ 局には事前に考査というものがあって、放送することに問題が無いかチェックしなきゃいけないんですから・・・」
そんな会話をしながら社長の人柄にひかれ『放送局と料金交渉を上手くやる方法』『局から優先的に枠を出させる方法』・・・
裏技・ノウハウの類をたくさん伝授して差し上げたのです。
この後 別の健康食品通信販売業者で出稿を頂くことになり、今度は逆に優先的に放送枠を買ってもらったり、 売りのノウハウを教えていただけました。
その健康食品製造販売会社はここ数年150億を軽くクリアしていますが、売り上げが安定して上がることの基本であるリピーターが非常に多いのです。
設立当時からその会社を担当しているプランナーに聞いたのですが、健康食品をずっと続けてリピートしてもらう方法って何だと思いますか?
簡単な言葉 一言なんですよ。
聞いた時にはまさに目から鱗でしたね。ここから先は了解を取っていないのでお話できません。
興味がある方にはお会いした時にお話します。
他にも福岡ではテレビショッピングの立ち上げの相談に乗ってほしいとお願いされ、自費で1泊出張を延長しマンションの小さな1室でのミーティングに参加したりもしましたね。
その会社も数年後にしっかりテレビショッピングを立ち上げられ多額のご出稿を頂くことになりましたが、人の縁を大切にすること、一生懸命な人には一生懸命に応えてあげればいつか返ってくることを教えられた経験です。
大阪支社勤務時代のプライベートな時間はゴルフとサッカーに明け暮れました。
ゴルフは大学から始めたのですが、尚一層のめり込み 週末はラウンドか練習場のどっちかで過ごすことが多かったです。練習場へ行った時は朝6時に打ち始め昼飯も食わずに1時2時まで打ちっぱなし ほとんど病気ですね。
これまたのめり込み気質の表れです。(笑)
サッカーは私がプレーしたのではなく少年サッカーのコーチを5年務めました。私はもともと野球小僧だったのでサッカーは全然未経験。息子が地元のクラブにお世話になったので毎回見学に行っているうちに監督からお願いされ引き受けてしまったのです。
これものめり込みましたねぇ〜! コーチングの本 ビデオ(当時はまだDVDじゃなかったな)買いまくり見まくりでした。子供たちには将来があり、可能性があると思ったら「ウソは教えちゃいけない」「効率よく最高のことを教えたいと思いましたね」
コーチングの勉強だけでなく、審判の資格を取り、コネを使ってセレッソ大阪とバイエルンミュンヘンのコーチに子供たちを指導してもらったり、子供たちが小4の時に西宮から福井の実家に私一人で連れて来て2泊3日の合宿もやったりしました。小4ですから学校の修学旅行を経験していないので、初めて親と離れて寝る子も居て大変でした。
まぁそんな苦労も試合に勝った時の子供たちの笑顔を見たら吹っ飛びましたし、その中の1人とその親と去年 高1になったのを機会に大阪で久しぶりに食事をしましたが、その親子から「コーチとの出会いがあったから今の自分(息子)がある」と言われ思わず目頭が熱くなってしまいましたね。本当に嬉しいこと。良い思い出です。
そんなことをしながら大阪支社で15年勤務しました。
その時に出来た人脈は北は北海道 南は沖縄までほとんどの放送局。電通始め博報堂・ADKなどの広告代理店の多岐に渡ります。
その後
平成13年 福井放送 本社 テレビ営業部に戻り
平成18年 広告代理店の代表取締役を経験し
平成18年 8月 株式会社グローイングコム設立しました。
「なんで福井放送のような良い会社を辞めたのですか?」
退職後 友人知人 初めて会った方 すべての人にそう尋ねられているような気がします。
福井放送に大きな不満があったわけでも、居づらくなったのでもありません。
独立起業を目指し、準備を進めていたわけでもありません。
強いて言えば1度きりの人生 もっともっと熱く燃えていたいと思ったからでしょうか。
テレビラジオ以外のものを売ってみたいという気持ちもありました。
自分の考えでやってみたいとも思いました。
自分が頑張れば自分にプラス、自分がサボれば自分がマイナス そんな極々シンプルな状況にしたかったというのもあります。
自分の力を試してみたかったというのもあります。(世間一般には私みたいなのを無謀と言うんでしょうけど…)
この度の起業に当たり自分の状況を整理してみました。
私の強みは何か? 弱みは何か?
私が目指している事業は市場では受け入れられるのか?
競合者(社)は?
簡単なSWOT分析ですね。
強みはやっぱり放送局で20年間 営業をやっていたことでしょう。
ネットビジネス、ネットでの情報発信が爆発的に増えてきていますが、現状においてマス媒体の影響力・情報伝達力は 偉大ですから、マスメディアを使った広告・パブリシティー・情報発信のやり方に詳しいというのは大きな武器だと
思っています。全国の放送局に人脈があるというのも武器に成り得るでしょう。
また福井にはマスコミ出身者でこのような仕事を始めた人間は居ませんから希少価値もあるでしょう。(笑) 弱みもたくさんあります。
会社が小規模手あること。社員が居ないこと。知名度が低いこと。・・・
でもこれを読まれている皆さんにも当てはまるのですが、弱みは強みに簡単に変えられるのです。
会社が小規模であることは小回りが利きます。情報・仕事の進行状況は一元化され管理しやすくなります。
社員が居なければアウトソーシングすれば良いのです。もちろん世間でよくある丸投げ方式では無く、自分が信頼する人間・その分野では優秀な人間を適宜選んで仕事が出来ます。
社員を雇うと仕事が無くても給料を支払わなければいけません。ということは仕事を頂いた時にはお客様への料金に上乗せする必要がでてくるのは当然のことです。
要するに私が最高のパートナーを選んでリーズナブルな料金で仕事をすれば弱みが強みになると考えます。
簡単なプロフィールを書くつもりが長くなってしまいました。(苦笑)
独立・起業して大成功している叔父さんに言われたこと
「お金(儲け)を先に考えたら仕事もお客さんも逃げていく」を心に刻み頑張りますので、
私 株式会社グローイングコムを使ってみてください。 必ず成果を出します。
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